2009/09/06

あたら好機逃して、蕩う内に。

■ 「諦めるには早過ぎるんじゃあないのかい」

 『(言うは易し、行うは難し‥)』

まったく難儀なものだとかぶりをふり、振ったついでに
シャワー上がりで濡れ細った髪へ、温風をぶつけていく。
肩口、首筋、顔面へ水泡が飛び散り、水分を飛ばされた髪は
徐々にいつも通りの──俗に言う猫ッ毛の──状態へと
戻っていった。

鼻頭まで届こうかという前髪を筆頭に、伸ばしっぱなしで
ぼさぼさにまとまらない髪、生やしっぱなしのヒゲ。
鏡に映った自分を見るにつけ『まぁ、こんなもんだよな』と
いつも納得してしまう。

それは見た目に満足してるというより、今の自分の内面を
よく表しているからに他ならないのだけれど。
ぼさぼさ。いい加減。くるくる。適当。
それは、どうという事も無い、いつも通りの自己表現。

乱雑に置かれた服の束から、お気に入りの真橙色のシャツに手を伸ばすと
ばさりと広げ、真ん中に書いてある文字を読み‥‥苦笑いを浮かべる。

 「 Y O K O H A M A   C U R R Y 」

決して趣味が良いとは言い得ないそれを被りより、お気に入りのCDと
小銭で膨らんだ財布を手にして、向かった先は駐車場。
いつものあの子‥‥我が家の藍色の車の元へ歩み寄ると
慣れた手つきで鍵を開け、太陽の光で熱せられた車内へ滑り込んだ。

***

暑い。

一言で表すなら、それは不快な暑さ。

先程までの『車の運転が楽しみ』な気持ちと『車内の暑さ』を
天秤にかけて、若干『楽しみ』が勝った事を確かめると、エンジンをかけて
そろりそろりと運転を開始した。

不快だろうが楽しみだろうが、どちらにせよ車を動かすしかないのだけど。
それでもこの瞬間だけは誰にも邪魔されない、そんな特別な時間で。
そうして車を出して買い物に出るだけだったり、あるいは洗車するだけでも
楽しみが勝ったことは、僕にとっては "些細な" 重要事。

***

贔屓のガススタンドで洗車を済ませて、仕上げ拭き。
『(けっきょく汗かくなら、シャワー浴びた意味あったのかなー)』
なんて軽い疑問符を浮かべつつも、やっぱりこの時間は特別で。

 プルルッ プルルルッ

だから、会社からのメールを知らせる着信音が鳴った瞬間、
僕は努めて意識して、その存在を無意識化へと放り込んだ。
何も知らない。何も来ていない。着信ランプが点滅してるのは気のせい。

急ぎの用件じゃないことは分かってる。
だから、だけど、まぁ、後でけっきょく見るんだけど。

緊急の時はプライベートの時間などお構い無しに鳴り出す電話様。
そういえば『あの時』も、人様が楽しくお鍋をつついてるときに
無遠慮に鳴り出した挙句「明日はスーツで営業ね!」とか、あー、
そういう会社だったっけなぁ。と、やおら意識が遠い場所へ行った後、
メールを読んで現実に帰ってきた僕は、携帯電話を助手席に
放り投げて、ついでに右足も放り出してエンジンをふかす。

暑い。

夏の残り香が、最後の最後に燻るような。

そんな暑い日も、もうすぐ終わり。

***

満月。

車から降りた時に初めて気が付く、闇夜に浮かぶ白い円。

綺麗、白い、朧気、珍しい、儚い、嬉しい、
様々な感情が入り混じる中に、朝から感じていた気持ちの昂ぶり。

満月に原因を求めるのはいささか滑稽で、短絡的過ぎるけど、
昔の人が月の満ち欠けに神聖なものを感じ取っていたように
今の人が月の満ち欠けに一喜一憂したとしても全く自然な事で、
だから首筋の虫刺されが痒みだすまで、その場で突っ立ってても
まったく可笑しいことなんてない。

いやまったく、痒い。

***

休日、此れ、リフレッシュ。
本当に良い休日が過ごせたのか?

自問したところで、自答するべき自分が、実はよく分からない。
分からないなら再び休めばいい。けれど時間は有限で。
今週も、1日12時間"見えないもの"と戦う日々が再開される。
土曜日まで。みっちりと。
休日の答えを探す為に、肝心の休日が潰れるだなんて
まったくもって本末転倒なお話だと、ため息ひとつ。

来週の日曜まで。

御機嫌よう。